Y企画
当時のメールを残してあります。
2001年11月13日に当時専属デザイン契約を締結していた〇〇社に宛てたメールです。


ちょっとなまなましいですか~(^^;
この文面では「Y企画」となっていますね~
このブログをご覧になっている方は私が自分でデザインしたコンセプトYを
自分の手でリリースしたかったと考えている方が多いのではないでしょうか?
それは全然違います。
私はこのメガネをメーカーを通して量産したかったのです。
良いものをデザインしそれを専門メーカーで量産することで品質の安定した
商品を、それを必要としている人に行き渡らせることが出来るのです。
それがデザイナーの使命だと思っています。
ですから〇〇社には手を替え品を替えて「Y企画」をアプローチしました。
しかし、最後まで通じませんでした・・(涙)
当時ツーポイントのブームが終わり全体的には太く存在感のあるデザインに
流行はシフトしつつあったのと、中国では作れないより高度な技術を駆使した
メガネを求められていたのです。
言いたいことは一杯ありますよホントに~(^^;
でもグチッていてもしかたがないから次回は明るく行きたいです。。
次回に続く・・・
2001年11月13日に当時専属デザイン契約を締結していた〇〇社に宛てたメールです。


ちょっとなまなましいですか~(^^;
この文面では「Y企画」となっていますね~
このブログをご覧になっている方は私が自分でデザインしたコンセプトYを
自分の手でリリースしたかったと考えている方が多いのではないでしょうか?
それは全然違います。
私はこのメガネをメーカーを通して量産したかったのです。
良いものをデザインしそれを専門メーカーで量産することで品質の安定した
商品を、それを必要としている人に行き渡らせることが出来るのです。
それがデザイナーの使命だと思っています。
ですから〇〇社には手を替え品を替えて「Y企画」をアプローチしました。
しかし、最後まで通じませんでした・・(涙)
当時ツーポイントのブームが終わり全体的には太く存在感のあるデザインに
流行はシフトしつつあったのと、中国では作れないより高度な技術を駆使した
メガネを求められていたのです。
言いたいことは一杯ありますよホントに~(^^;
でもグチッていてもしかたがないから次回は明るく行きたいです。。
次回に続く・・・